「もつれた」3GeV光源の行方とそのリスク

日本の基礎科学と産業科学技術の将来展望はナノ科学の進展にかかっているが、その強力なツールである放射光のに暗雲が立ち込めている。まずこれまで先端光源として活躍してきた施設が老朽化あるいは陳腐化していることに加えて、最先端の施設Spring-8でさえもアジアの最高輝度光源ではなくなり、ナノ科学の有力な研究手段に必要な軟X線領域の光源性能が国際的な競争力を失って久しいからである。

このため危機感が増しコミュニテイの一致した要望として3GeV光源の建設が優先的に進められるかに見えた。しかし現在は3GeV光源の提案が一本化していない「もつれた」状態にある。3GeV光源の提案の「もつれ」により、3GeV光源建設の時期を逸する恐れがある。このことはコミュニテイの利益とならないことは明らかであり、このコラムでも繰り返して訴えてきた。しかしいよいよ最悪のケース(もつれた提案の共倒れ)の恐れも出てきた。ここで「もつれ」が生じた経緯とそのリスクについて考えてみたい。

 

3GeV光源に関する文科省の動き

文科省は2014 年 6 月に次世代放射光施設検討ワーキンググループ(WG)を設置し、以降 2015 年 3 月までの 間、計 8 回にわたって開催。報告書は検討結果をまとめたもの。文科省側では大型施設整備はコミュニテイ合意を前提に報告書を指針として3GeV光源整備を含む施設整備を進めることになった。

次世代放射光施設検討WG 報告書 (2015.4)

次世代の放射光利用環境の整備に必要となる光源性能としては、既存の 先端大型放射光施設のアップグレード版における最先端の硬X線光源や、 軟X線領域に強みを持つ中型高輝度光源(3GeV光源)が有力な候補(原文抜粋)。(注1)

(注1)施設整備の優先度が3GeV光源にあることがコミュミテイを代表する放射光学会のコンセサスとされている。ただしサイト、建設主体は未定としていることで文科省はコミュニテイにサイトを含む最終提案を期待していると解釈できる。実際、2014年から100億円を超える大型研究設備整備は(トップダウンでなく)コミュニテイの同意をもとに一本化されることが必要になった。文科省はコミュニテイが一本化しない提案を受け付けないという姿勢をとるようになった。

 

2015年1月の第7回次世代放射光施設検討WGにおいて、東北大から文科省の受託事業(新光源ニーズ調査)の結果が、またSPring-8から、世界の放射光の現状分析とSPring-8アップグレードに関しての報告がなされた。放射光学会ロードマップとWGでの議論を踏まえて、WG報告書の結論が「既存の先端大型放射光施設のアップグレード版における最先端の硬X線光源(SPring-8アップグレード)(注2)や、 軟X線領域に強みを持つ中型高輝度光源(3GeV光源)の整備」となった。

(注2)2013年度まで、Spring-8アップグレードはエミッタンス28pmradを目指し、欧米日3施設の中でも最高輝度を目指す意欲的なものであった。周長のアドバンテジにより3施設のトップに立てる条件は揃っていた。しかしその後のCDRではやや凡庸とも言える改良にとどまることとなった。(突然のSpring-8アップグレード方針の変更の理由は不明である。)

 

3GeV光源の「もつれ」の発端

SLit-Jの推進母体は2011年の震災直後にスタートし、2012年日本放射光学会の「放射光将来計画特別委員会中間まとめ」において「SLiT-Jと(PF次期マシンとしての)KEK-ERLを学会が支援する」ことが明言された。放射光学会の「3GeV光源」が後に「SLiT-J」に置き換わったが、当時3GeV光源の提案がSLiT-Jのみであったとはいえ、「もつれ」の原因は3GeV光源がSLiT-Jに置き換わったことが発端である。(注3)

(注3)放射光学会はKEKに学会が推すSLiT-Jへの協力と(コミュニテイに利便性の高い共同利用施設としてのPF将来計画に着手するよう要請した(必ずしもERLに特化を求めず)。KEKが参画して3GeV光源(SLiT-J)を建設するとともに、KEKはリスクの少ない蓄積光源計画を推進することが、放射光コミュニテイの要望とされた。2013年のERL国際評価委員会で難易度の高いERLのリスク回避のためと時間的スケジュールを考慮して、リスクの少ない蓄積光源計画の検討が推奨された。

 

回折限界光源としての3GeV光源へ

一方、放射光学会は、学会が推す3GeV光源をより高度化して回折限界光源とするために、オールジャパン体制(理研とKEKの共同開発)での3GeV光源の設計・建設を推奨した。これに対し7大学連携のSLiT-J推進母体は、独自にSLiT-J構想を進めた。サイト候補地調査を行い、2015年7月に宮城県内3カ所に候補地を絞り込んだ。SLiT-Jはこれまでの大型研究設備と異なり建設コスト(約300億円)の150億円を民間融資(注4)に頼り、残りを公的資金としている。

(注4)これまでも民間融資による放射光計画はあった。千葉県に設置される予定であったいわゆる「ナノ花」計画では産能協会が中心に融資計画を作成したが、実施に至らなかった。

 

慌ただしい最近の動き〜根本的な問題に潜むリスク

2016年3月にKEKは次期計画を3GeV蓄積リング(KEK-3GeV)とすることを公式に発表し8月にCDRがまとめられた。SLiT-JとKEK-3GeV両者の比較については別記事を参照。放射光学会と文科省は3GeV光源の優先度について共通の理解を持っているが、SLiT-JとKEKの合流は難しいことに触れた。

SLiT-Jの問題点は

① インフラ整備などの地方自治体負担が増える

② 民間融資返済の焦げ付きリスク

③ 回折光源には性能的に不足

④ 運営組織が不透明でユーザー利便性に難点

これらはいずれも深刻なものばかりである。しかし筆者の考える最大の問題は地域型運営を主張する推進母体の考え方と全国共同利用を念頭に置く放射光学会(コミュニテイ)の趣旨のギャップである。このままSLiT-J建設を、強行すれば大型研究施設建設理念に沿わないばかりか、研究コミュニテイのモラルハザードにつながる。

一方KEK-3GeVの光源性能(輝度)はSLiT-Jより1桁高く、周長は全国共同利用のキャパシテイを満足するものではあるが、詳細設計の時間的余裕が必要でSLiT-Jとの建設時期が一部重複する。このため両者の予算化ができなくなり共倒れする恐れは十分にある。すでに過去に競合する2提案が潰しあったことも経験しているが、共倒れを恐れて強引に予算化すれば上記の深刻な問題が避けられない。

SLiT-JとKEK-3GeVの合意がないままに、両者の協力を前提に予算をコミュニテイ(学会)が先導して獲得しても解決する問題ではないのである。SLiT-Jの真の狙いがSPring-8の軟X線領域の弱さを克服することにあり、KEK-3GeVが全国共同利用を支えるならば、いっそ両者を建設することが望ましいのではないだろうか。

 

補足(2016.10.05)

SPRUC 放射光科学将来ビジョン白書 中間報告 (2014 年 3 月)

以下上記からの引用

『これまで トップランナーとして走り続けてきた「世界3大光源の1つ」という SPring-8 の地位はもはや過去のものとなってきている。我々は、現状での停滞は長期的なビジョンにおいて衰退を意味することを肝に銘じ、他に先んじて先端的・挑戦的な手を打っていくこ とが肝要であると考える。広範なアカデミア・産業を支える SPring-8が、その研究基盤として世界のトップを走り続け、尖端的な研究やコミュニティ全体のボトムアップを促していくためにも、新 3GeV リング構想からSPring-8 次期計画へと続く一連の包括的計画の策定および遂行は、焦眉の急であると考える。

SPring-8 の次期計画の留意点として、SPring-8 は既に多くのユーザーを抱え、アップグレードのための停止期間(Dark time)がユーザーに与える影響を最小限に抑える必要性がある。アカデミアに対する影響も多大だが、分析の遅延が命取りとなる産業界からこの声は強く、その意味でも、SPring-8 のアップグレードの前 に 3GeV リングを軌道に乗せておくことが肝要である。』

 

3GeVリングの原点

提案がもつれたことで3GeVリングの真意が薄れかけている。上記を見ればはSPring-8アップグレードの布石であり、停止期間の代替え、そして何よりSPring-8の弱点である軟X線領域の補強と取れる。むしろ東北にサイトを置く必要性は薄く、SPring-8を中心とした播磨地区補強、SPring-8アップグレードの一環とみなせる。それならば筆者が提案するシナリオA(B)、播磨地区にアップグレードの一環として3GeVリングを建設するのが理にかなっている。

 

 

参考記事

先端大型施設の整備と予算化について〜コミュニテイ主導型へのシフト

4つのシナリオで考える国内の放射光の未来

放射光リングの持続性について〜加速器の経済学

 

コメント   

# 復興魂 2016年10月03日 08:41
つぶしあいで消えた時から東北(仙台)は新光源を待っていました。ぜひSLiT-Jを実現して欲しいと思う 反面、今利用しているPFが使えなくなるのはぞっとしますね。
# PFユーザーA 2016年10月03日 08:45
地域という概念が変わってきました。広域行政の時代です。北関東と南東北に別々のリングを作るのは意味がな いと思う。それと...流行を追いすぎかも。
# 問題児 2016年10月03日 09:43
ユーザーは甘い。行けば装置が使えることが当たり前だと思っている。施設を作るのに必要な予算取り、建設、 立ち上げの厖大な努力があってそうなることを思い知ったのではないだろうか。この機会に親の経済事情を知っ て、大人になるべきなのではないでしょうか。親の財布に余裕があればおねだりするのもいいかもしれませんが 、厳しければ一家が危うくなります。
# ボーイガガ 2016年10月06日 23:39
佐賀あいちにあるような性格のものを、同様の規模で東北に作り、全国レベルのモノはPF-2として作って欲 しい

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