欧州の未来社会を支える大型研究インフラ

近年、放射光や衝突型加速器などの大型先端科学施設は従来のような一部の先端科学分野の枠を越えて、多くの科学技術と産業までに関わることが増えた。このコラムで大型施設整備が科学インフラとなりつつあることを何度か記事にした。最新のEurophysics Newsでも同様の趣旨の記事が掲載されたので紹介したい。

 

大型研究インフラ(LSRI: Large-Scale Research Infrastructure)は今日の物理科学(注1)の先端を担っており、ブレークスルーとなる新しい発見がここから生まれている。先端科学の複雑さと難しさのために人類の人的・経済的資源をLSRIに集中することが必要不可欠となったためである。LSRIがEUの進める大型プロジェクトを支える物理研究コミュニテイにおいて、小規模研究インフラ(SSRI: Small-scale Research Infrastructure)と補完的な役割を果たすことはいうまでもない。

 

歴史をたどるとルーマニアの物理コミュニテイは古くからふたつの異なる研究方向性(理学と工学)の間の均衡を重要視していた。国立核物理工学研究所(IFIN-HH)は基礎・応用物理の幅広い分野の研究開発を担って成功を収めたルーマニアの代表的な物理科学研究施設である。IFIN-HHは原子・分子を対象とした基礎物理研究と同時に原子炉への応用を含む核物理の応用で社会への貢献にも務めた。

IFIN-NHはダルムシュタットのGSI/FAIR(注2)、カーエンのGANIL/SPIRAL2(注3)ジュネーブのCERN、ダブナのJINR(注4)などのLSRIに積極的な貢献をしている。

(注1)Europhysics Newsの記事なのでここでは物理科学に話を絞っている。放射光は広く化学、生物、薬学、物質化学、地球物理、環境科学などの理学から工学、産業科学技術の広範囲の分野でナノスケールの研究手段として欠かせない存在となっている。

(注2)Facility for Antiproton and Ion Research。国際共同研究が可能な反陽子とイオン加速器実験施設。

(注3)GANIL (Le Grand Accelerateur National d'Ions Lourds)はCNRSが運営する重イオン加速器施設。

SPIRAL2(Systeme de Production d'IOns Radioactifs Acceleres an Ligne)SPIRALの後継機で現在、建設中の重イオン加速器。

(注4)Joint Institute for Nuclear Research。7つの研究所からなる原子核物理研究機構。18国が参加している。

 

2012年にEUは新しい参加国初の投資先として、(チェコ、ハンガリーとともに)大型レーザー施設(ELI-NP: Extreme Light Infrastructure)のルーマニア誘致を決めたのも、ルーマニアの大型研究施設への取り組みが国際的に高い評価を受けているためである。ELIは世界最高出力のレーザー施設となりレーザー科学の分野で先端科学に貢献することが期待されている。

 

ELI-NPはサイエンスにおける貢献の他にも、ハイテク産業の活性化を通じてルーマニアの社会への影響も少なくない。LSRIはそれ自身の科学分野での先端を担うことと同時に、研究コミュニテイと産業を結びつける触媒作用を持つのである。LSRIの周辺のハイテク起業は知的資産の享受に有利であると同時に、人的資産の交流と育成に重要である。

中央政府と地方自治体が協力してLSRIを中心にサイエンスパークを設置することで、専門家を適材適所、派遣して工学、薬学、通信などの企業の研究開発を促進することができる。(注5)

(注5)ロシアや日本でも研究学園都市構想が企画されたが、中央政府のトップダウン施策では、国家予算と経済状態に影響される企業の研究開発拠点となり得なかった。バブル期には企業が自己資金で基礎研究所を整備したがバブル崩壊とともに撤退し、閑古鳥がなく。一方国のプロジェクトも長くて10年程度でそれを過ぎれば、放置されるので持続性がなかった。

 

欧州におけるLSRIの予算化にはEUからの包括的な予算と参加国からの直接経費的な予算化の両輪が必要となる。(注6)ルーマニア、チェコ、ハンガリーなど新参加国にとっては雇用問題の解決ともなるLSRIの社会への寄与は大きい。

(注6)大阪大学レーザー研の高部教授によればEU参加国から徴収した国別の参加費用の一部がプールされELIなど数千億円規模のLSRIの建設費となっている。ELI、CERNの公式の建設費は2,000億円、5,000億円とされるが、実際には設置国の直接経費の投資を含めれば、遥かに大きい予算が投入されている。EUは加入国に相当な額の「税金」(拠出金)を課している。英国がEU独立したのも負担があまりにも大きいことも一因となった。EU脱退派は毎週、3億5000万ポンド(日本円で約480億円)としていたが、これは誇張があり実際には1億数1000万ポンド、約1/3、となる。

それでも年間経費とすると一国の財政を左右する金額となる。もちろんEUから参加国への助成金で還元される部分もある。英国王立協会の調べでは拠出金が54億ポンドに対し還付金は88億ポンドで、数字的にはEU参加で受ける恩恵の方が大きいとしている。これがホーキングがEU離脱で英国科学予算が激減する=離脱反対を主張する根拠となっている。となるとあたかもEU脱退は英国科学界にとって(ホーキングの主張するように)不利な結果のように思えるかもしれない。しかしこの見かけ上のEU還付金は英国が自由に使える資金ではない。

EUプログラムに申請してEUと研究者が契約することでしか研究資金とすることができない。言い換えればEUが英国研究者を契約することで、EUが決定権を有しているので自由な研究に使える資金は逆に少なくなる。EU脱離によって英国の科学者が自由に使える資金が増えたことになるので、EU離脱を歓迎する研究者も多い。一方でEUは高部教授の言うようにプールされた拠出金を使い大型設備投資に積極的であるが、利権の巣とならないように注意しなければならない。

 注釈は編集者による。

 

Nicolae-Victor Zamfir

Member of the EPS Executive Committee

EPN (Europhysics News) 47/4 03 (2016)

 

参考記事:

欧州の大型施設の戦略−LHCから大出力レーザーELIまで

 

 

 

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