世界最大の加速器を建設する中国〜加速器の経済学3

中国の不動産バブルは簡単に収まりそうにない。所有者は見つかっても住人の見つからない高層アパートを延々と作り続けることの無意味さは誰も気がついているが、止めれば不況が襲うからやめられない。その中国は一方で科学技術においても、莫大な資金力をつぎ込み世界最大規模の施設を建設しまくっている。多くの施設は科学アカデミー予算であるが予算獲得には、世界の先端となることが条件だから先進国がためらう規模の壮大な施設が次々と出来ていく。

 

ヒッグス・ボソンのインパクト

ヒッグス・ボソンの発見以後、研究者の興味は質量、スピン、相互作用などその詳細を明らかにする次のフェーズに移行した。加速器の一般的な流れとしてはルミノシテイ(輝度)を上げて、実験精度を上げることになる。CERNはそのため今後も10年間は世界最大のハドロン(陽子・陽子)コライダーLHCで研究を継続するが、その先の加速器として提案されているのが日本(と米国)の主導するレプトン(電子・陽電子)コライダーILCで、現実には凍結されたままである。

 

ILCLHCCEPC

Source: ihep

 

欧州はLHC先により大型の円形加速器FCC(Future Circular Collider)を計画中だが、中国が世界最先端の加速器計画に参入することになりそうだ。この計画はCEPC(Circular Electron Positron Collider)と呼ばれる円形のレプトンコライダーとなる。CEPCは周長80kmで現在世界最大の周長27kmのLHCの倍の規模で、エネルギーはアップグレード後のLHCの13TeVを上回るもので、LHCの限界を超えて綻びのでてきている標準理論の書き換えを狙う。

 

世界を牽引する中国

今年に中国の清華大学で基礎物理の将来に関する国際フォーラムが開催されたが中国高エネルギー物理学研究所所長のWang教授がCEPC計画を提案した際に、各国の素粒子研究者たちはこれを歓迎した。下の写真は北京(注1)に「ヒッグス・ファクトリー」を作ろうというWang教授の講演に熱心に耳を傾ける若い研究者たち。教室に座りきれずに床に座って講演を聞くポスドクたちは熱気にあふれている。

(注1)中国の科学予算は北京が握る。つまり科学アカデミー本部である。そのため科学予算獲得のため地方の研究所・大学の研究者たちは頻繁に北京詣をする。大型予算であれば北京が知りたいのは建設で世界何番目に立てるのか、ここでは「1番になる意味があるかどうか」でなく「1番になれること」が必須の条件なのだ。2番を狙うことは研究プロジェクトとして事前審査で失格なのである。

 

CEPC talk-s 0

Source: symmetrymagazine

 

基礎物理の先端は巨大加速器

というのも基礎物理の将来を見通すためにはヒッグス・ボソンの詳細な知見が必要不可欠であるからだ。FCCは基本的にLHCを引き継ぐハドロンコライダーであるが、周長100kmのトンネル内にレプトンコライダーも建設予定である。CEPCが先行することによって見通しがつきやすく、仮に成果が出てくれば巻き返すこともできるためか、中国の提案は歓迎されたようだ。英国のEU脱退で確実にEU科学技術予算は目減りするし、イタリア、フランスの銀行の不良債権問題でEU財政は危機に瀕しており、FCC計画に遅れが出る恐れがある。

2012年の基礎物理学賞の受賞者(Nima Arkani-Hamed)は「物質の究極を探るにはより巨大な加速器を建設することがもっとも近道」(注2)だとコメントしたが、現実には先進国の財政難は巨大化する一方の加速器建設に深刻な逆風となりつつある。中国がその危機的状態を救える希望的観測もあるが、中国の経済成長が減速しバブル崩壊が進行する現在、中国だけに加速器建設を期待することはできないはずである。

(注2)LEP、テバトロン、LHCの流れはまさにそのような考え方で成功してきたが、巨大化と建設コストに制約がつく時代になった。その意味でこのコメントはどこかで半導体のムーアの法則のように破綻することも考慮しなければならない。筆者は予算的な制約下で大型加速器は国際協力で一本化し、ホスト国・地域の財政負担を減らすことは不可避と考えている。研究手法は必ずしも一つとは限らない。

 

Collider copy copy

Source: Nature 22 July 2014

 

日本の主導するレプトンコライダーILCのエネルギーは500GeV。上図にある電子・陽電子衝突リング(周長80km)は240GeVで同一トンネル内で陽子・陽子衝突実験を行う。つまりレプトンコライダーとハドロンコライダーを同一トンネル内に共存させるという点で、CEPCはFCCと酷似しており、FCCを一回り小さくした規模である。後者は70-90TeVの陽子・陽子衝突リングでSPPCとしてCEPCと区別されている。

 

slide 17

Source: slideplayer

 

衝突型加速器の将来と課題

上図(Brian Foster)にあるようにLHCやILCの対GDP比は極めて高い。LHCのEUへの財政負担は大きかったが、ヒッグス・ボソン発見という偉業で成果も大きかったがFCCの財政負担は現実的なハードルとなっている。トンネル掘削コストが異常に低い中国での加速器の財政負担が小さい。巨大加速器を中国に建設することは安上がりなのだ。EUの危機的な財政事情からすればFCCが建設にこぎつけるには時間がかかるので、同じ部類の加速器であるCEPCが先行することは欧州にとって歓迎すべきなのである。なおこの図はトンネルを共有するCEPCとSPPCが両方描かれている。

CEPCの240GeVの電子・陽電子衝突実験が先行した場合、500GeVのILCの優位性は揺るぎないものなのだろうか。CEPC、ILC、FCCの役割を再検討する必要が出てきた。2008年の世界的な金融危機の際には中国が世界経済を引っ張ったため被害は最小限で済んだが今は違う。

 

加速器の世界だけが巨大化していくことはもう無理なのである。中国がCEPCで世界を牽引する日が近い。その先をどうするかという広い視野に立ち、見通しを良くするべきではないだろうか。ILCを主導する日本への期待が高まったが、凍結状態になった中で中国のFCCの先行実験ともいえるCEPC(SPPC)は歓迎された。

 将来の予測は困難だが確かに「トップ・プレイヤー」を追求することに限界がきている。おそらく我々に求められていることは「ゲーム・チェンジャー」なのだろう。それは(資金があればなんとかなる)トップ・プレイヤーになることより、はるかに難しいかもしれない。しかしそこに頭脳と資源を集中させる必要があるのではないだろうか。

 

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