スモール・イズ・ビューテイフル〜加速器の経済学2

ビッグ・イズ・ワンダフル、スモール・イズ・ビューテイフル(注1)というのは、フォトンファクトリー3代目所長だった千川先生の口癖であった。当時は結晶学(構造解析)のユーザーの期待に沿うように硬X線の光源を目指して各国が、大型化に向かう放射光の流れの真っ只中で、「1Gev以下のVUV光源の専用マシンである小型放射光にも、その価値があることを忘れてはならない」、という趣旨だったと筆者は理解している。

  

日本の放射光の歴史を切り開いた小型リング

放射光の歴史をたどると、日本が世界に先駆けて放射光利用を本格的に始めたのは東京都田無市にある東京大学原子核研究所(核研)の素粒子実験用加速エネルギー750MeV(後に1.3GeVに改造)電子シンクロトロン(ES)で「軒先を借りた実験」(注1)で有効性が実証されると、核研に400MeVの専用蓄積リングSOR-RINGが建設され、日本の放射光ブームが始まる。 その後、KEKに2.5 GeVのフォトンファクトリーが、播磨に世界最大の8 GeV蓄積リング、SPring-8が建設されていく。

注1)"Small is beautiful"という言葉は英国の経済学者シューマッハのエッセイ集"Small Is Beautiful: A Study of Economics As If People Mattered"にちなんとされる表現だが、"Small is beautiful"の起源は恩師であるコールのもので、その趣旨は反対の表現となる"Bigger the better"に対して「小さくて適切な技術がより社会に貢献する」というもので、まさに「軽薄短小」という時代を表す語句と同意である。引用語句としては"Bigger the better, small is beautiful"の方が適切かもしれない。

(注2)しばしば「寄生利用」と呼ばれるが表現としては不適当かもしれない。というのも加速器やにとってもビームの安定性に人一倍うるさいユーザーで、高品質なビームを得る技術に磨きをかけざるを得ないし、第一建設コストが他分野に役に立っていることを示せるからである。事実は加速器と放射光利用は持ちつ持たれつの関係にある。

 

小型リングの発展

SOR-RINGでの放射光科学の黎明期にあたる研究の歴史・裏話しは別記事を参照していただくことにして、ここではその後のスモール・イズ・ビューテイフルについてかくことにする。田無における400MeVのSOR-RINGの開発は距離にして1kmも離れていない電子技術総合研究所、電総研(現在は産総研に統合)の加速器グループの刺激となり、同所のつくば移転とともに800MeVのTERASリングを筆頭に一気に小型リングの建設ラッシュとなっていく。

1980-90年代に建設された小型リングをまとめたのが下の年表である。

1981 TERAS (800 MeV) Tsukuba

1984 UVSOR (750 MeV) Okazaki

1980年代 NIJI-I, NIJI-II, NIJI-III Tsukuba

1986 AURORA-1 (600 MeV) Sumitomo (立命館大)

1989 LUNA (800 MeV) IHI

1988 NAR (800 MeV), Super ALIS (600 MeV) NTT

1993 MELCO-SR (600 MeV) Mitsubishi

1996 AURORA2D (700 MeV) Sumitomo (広島大)

1998 NIJI-IV (500 MeV) Tsukuba

 

これらの小型リングはいずれも1GeV以下のエネルギーでVUV領域の光源として設計されたもので、UVSORはその後改修を経て現在も分子科学研究所で稼働している。またAURORAは1が立命館大学、2Dが広島大学に移設されて学術的および産業利用の放射光研究に利用されている。

電総研のTERASや民間各社の蓄積リングは次世代露光の光源を目的として開発されたが半導体工場への設置に適切な光源とはならなかったため、UVSOR, AURORAを除けば全てが、90年代後半には姿を消した。

 

小型光源の明暗を決めたもの

小型光源が次々に消えていった理由は何だったのか。少なくとも学術応用に特化した3基のリングが生き残り、現在でも安定な利用が続いていることからも明らかなように、①VUVの分光(吸収、光電子)応用のチューナブル光源としての価値が高いこと、②共同利用ベースでアウトプットが大きいことで維持が継続できることが存続に重要であることがわかる。

"Big is Wonderful"の語源は定かでないが、大きいことのメリットはスケールメリットと呼ばれ、放射光に限らず社会の傾向と重なる。例えば同義語に「大は小を兼ねる」という表現があるように、大型化によって光源の波長(エネルギー)範囲が広がれば、内郭吸収端のエネルギーが広範囲の元素に対応できるようになるので、異常分散を用いることが多い蛋白の構造解析には強力なX線光源となる。

米国のAPSは7 GeVのエネルギーの大型施設である。2011年の時点でAPSはすでに世界の実験室の構造解析数を上回った。つまり一箇所の施設のアウトプットが世界中の実験室の蛋白構造決定の総数を超えたのである。

 

大型施設は広範囲のユーザーを取り込み圧倒的なアウトプットで放射光科学の主役となっていった。身の回りを眺めてみても大型店舗法の改正で大型ショッピングモールが郊外に増えると、対照的に小売店舗が減少していく。下の図は書店の売り場面積と書店数の推移を示したものであるが、両者の関係が強いことが一目瞭然である。

確かに小さな書店で自分の欲しい書籍を見つけにくく注文ということになる場合が多いが、大型書店に行けば必ず見つけることができる。書店に限らず大型店のメリットは商品の豊富さにあり、小売店では競争できない。

 

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Source: ガベージニュース

 

小さければ目立つことが重要

小型放射光が生き残るためには目立つことが必要のようである。筆者の滞在するNSRLは大学に所属する800MeVの蓄積リング(HLS)を有する。日本でいえば広島大学のAURORA2Dや立命館大学のAURORA1のような性格である。中国の放射光は北京と上海の3.5GeV光源(SSRF)があり、その狭間で小型光源をどう発展させていくのか注目されるところだが、アップグレードによってエミッタンスを低くし5個の挿入光源で最新とはいえないが、日本のUVSORIIIに近いマシンとなった。

戦略的には中国の次期計画は北京に建設が決まっている5.5 GeVのBAPSの次につまり10年先に順番が回ってくる。そこではより広いエネルギーの光源となるべくエネルギーが2 GeVの新光源(HALS)の建設を目指している。中国の潜在的ユーザー数を考えればそれでも全部で3箇所というのは、少なすぎるかもしれないが、少なくとも上海、北京とその間に位置するロケーションに中型施設ができることで、この国の放射光科学は進展するだろう。

通常のアップグレードは加速器のみで建物に及ぶことは稀だが、NSRLのアップグレード後の写真は以下のように、LEDライトアップで目立つことこのうえない。明るい照明でひときわ目立つ建物はスモール・イズ・ビューテイフルを主張しているようだ。予算獲得の上でも一役買っているらしくこのライトアップは評判が悪くない。

 

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究極のスモール・イズ・ビューテイフル

究極の放射光の小型化とは何か。それは微細加工でオンチップ化することであろう。スタンフォード大学のSLACではそのための予備研究がスタートしているし、KEKでも山本教授の露光でアンジュレーターを微細化するアイデアが先行して研究されている。直線加速器の方が簡単なので、下の図のようにこれらのアイデアを結合すれば、加速器オンチップができる日も来るだろう。そのときこそスモール・イズ・ビューテイフルは完結する。

加速器オンチップはゴードン・ムーア財団の資金援助で進められている。半導体のムーアの法則はついに破綻したがムーア財団が加速器オンチップの開発資金を援助できた背景には、半導体チップの成功があることはいうまでもない。

 

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Source: SLAC

半導体チップによって高価なPCもスマホとして誰でも手に入るようになった。そのような発展が光源にもきっと来るに違いない。なぜならいまの加速器はあまりにも図体が大きく、コストもかかり使いやすいレベルにないからである。

放射光リングの持続性について〜加速器の経済学

世界最大の加速器を建設する中国〜加速器の経済学3

 

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