放射光リングの持続性について〜加速器の経済学

日本の放射光にはかつてのバブル期(1980年代)の面影はない。遅れて参入してきた国々が新第3世代(以後第3+世代)あるいはその発展系である第4世代世代リングを建設し、1nmを切るエミッタンスで、輝度が1010〜1021となっても、新世代のリングの建設は始まる気配がない。80年代のバブル期とさかんであったリング建設の時期が重なることを考慮すれば、背景にあるのはやはり財政の悪化ではないだろうか。

 

(注1)第4世代の定義は以下の図でみれば明らかである。現在の主流の施設(第3+世代)のエミッタンスは周長の関数で赤で示された直線に乗る。直線性の理由はエミッタンスが偏向角の3乗に比例するため、周長が大きければ偏向角が小さくなりエミッタンスが小さくなるからである。一方、第4世代リング(青い直線)は偏向角をさらに小さくするために後述するMBA(Multi-bend achromat)という手法で偏向角の小さい複数の偏向電磁石を用いているた。この方法はErikssonによってMAXIVで初めて実現された。しかしその代償としてダイナミックアパーチュアが狭くなる(電子が通り抜けにくくなる)欠点も持つ。この問題を克服したHMBA(Hybrid MBA)をラテイスに採用したのが第4世代リングである。

 

これまでXFELが第4世代の筆頭格で、第4世代といえばXFELをさすことが多かった。しかし第4世代にはXFEL以外にERLとここで取り上げる低エミッタンス蓄積リング(Low-emittance SR, LSR)がある。時代的にXFELが先行したため第4世代のカテゴリを独占した印象が強いが、LSRが最近改良され少なくともERLに追いつきそうな勢いとなっている。残念なことに日本はXFEL以外の第4世代、特にLSRでは出遅れた。早急にキャッチアップして先頭集団に加わるためには、これから紹介するふたつの第4世代リング(SLiT-J、3GeV-KEK)が鍵となる。

ちなみに第3世代リングの定義は挿入光源を主に使うリングで、6GeV以上のリングが当初の筆頭であったが、第3+世代はむしろ3GeVでMPWやSuperbendで高エネルギー領域の輝度分布を補う方式が主流である。いうまでもなく6GeV以上のエネルギーのリングは周長が1kmに及ぶため、建設コストが1千億円を超え電消費電力の関係で維持コストも大きくなる。6GeV以上のリングは現在、世界で3施設(ESRF、APS、SPring-8)に限られる。5年後にはいよいよ中国のBAPS(Beijing)が加わることになるが、これが6GeV以上のクラスの最後となるだろう。

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Source: ESRF

我が国はいまだに2008年のリーマンショックから立ち直れていない。国債に頼る財政体質の異常さは予算化の際にはタブーとされ、誰にも触れられることがないが、収支のバランスが取れない赤字財政で事実上の破綻といえる。放射光の新たな建設が難航する背景には国家の危機的財政とその結果としての緊縮財政があることは否定できない。加速器科学は設備投資に対する依存度が極めて高く、国税の投入額、したがって国民一人当たりの負担額も大きい。例えば1,000億円の施設を建設し35年運転しようとすれば、運転に(建設費の10%の年間維持費が必要になるので)4,500億円の支出となるのだから無理もない。

消費税率引き上げ延長で増税への道が絶たれ、社会保障の財源が一層きびしくなった。このままいけば年金基金や個人の郵貯も国債の購入に充てられることになりかねない。(実際、国債購入に年金資金の一部が使われている。)IMFや他国への借金でない点が救いだが、国家破綻という点では、他の借金大国とそう変わりはないのである。ギリシャやキプロスでは国の借金返済のために個人の銀行預金が一定の率で没収されている。マイナス金利という形でいつ個人負担になっても不思議ではない。財政難の時代に数100億円の施設を新たにつくるのはどのような意味があるのだろうか。借金を増やすとして避けるべきなのか。それとも思い切って投資しアカデミアが基礎研究を底上げすることで「成長戦略」に寄与するのが得策なのだろうか。

  

3GeV放射光を巡る動き

我が国の放射光施設の輝度とエネルギーを、世界の第3+世代リングと比較すると、高エネルギー領域におけるSpring-8の優位性(注2)を別にすれば、10-20keVの汎用的な硬X線と(最近の流行である)"Tender X-ray"領域(2〜7keV)を含む軟X線領域では圧倒的な弱体化が目立つ。世界の第3+世代リングの軟X線領域の輝度が1021を上回るが、日本の放射光リングは1018-1019どまりである。イメージングを中心とした先端利用には高輝度はなくてはならない光源性能で、この状態が続く限り国際競争力で劣勢に立たされることになる。

この領域の輝度中心に考えれば世界の主流は3GeVであり、「我が国は早急にギャップを埋めるために3GeVリングを建設すべき」というのは合理的な主張であった。

(注2)第7回次世代放射光施設ワーキンググループにおける熊谷氏の論旨はまさにこのことを指摘したもので、的確に事実を表現している。しかし「世界にあって日本にないものは全てつくる」という考え方はすでに過去のものとなった。

 

日本放射光学会は、第3+(第4)世代3GeVリング建設を最優先とし、先端的な第4世代マシンを並行して(ただし時間差をつけて)推進するとした次世代光源建設のロードマップを作成した。この時点ではKEKのフォトンファクトリー後継機はERLであった。性能重視でいくならばERLを選択するのは自然である。ERLは超伝導空洞を使う点で放射光から衝突型加速器にいたる加速器やの夢の技術であった。しかしその後、先頭を走っていたコーネル大学の計画が消滅したこともあり、汎用的な蓄積リングを要望する声が強くなっていった。

一方、2011年3月の大地震甚大な被害を受けた東北地方に、サイエンス復興のシンボルとなる3GeVのSLiT-J(Synchrotron Light in Tohoku)計画が浮上してきた。SLiT-Jのラテイス設計は東北大濱氏を中心にSpring-8加速器チームが支援、建設主体は理研加速器グループで運営は東北の6大学が連携して行うという体制であった。

順調にいけばこれらの計画が浮上した2012年からすでに4年が経過して、この原稿をかいている2016年6月には放射光学会ロードマップに従ってSLiT-Jが宮城県(注3)に建設され、老朽化が進んでいるフォトンファクトリーは34年目を迎える2016年には次期光源3GeV-ERLの建設に着手しているはずであった。しかし現実には両者とも建設の兆しがみえていない。

(注3)宮城県の丸森町、松島町、大郷町の3地区が候補となり現地調査結果によって2015年6月に交通の便はほぼ同等であるが、地盤の適性から丸森町が最適とされ、整備計画が検討されている(第三者委員会報告公開資料)。放射光のようにユーザーが全国から訪れる共同利用施設に対しては、施設の建設以外にアクセスとインフラ整備度が利便性を決める。設置予定場所のインフラ整備が施設の利用度を高める鍵となるが、現時点では整備計画は示されていない。

 

ERLの数奇な運命

SLit-Jの詳細をみる前にフォトンファクトリーの後継機に関わる最近の展開にふれておく。2012年に次世代光源として登場した3GeV-ERL計画の以前には性能を発揮できる5GeV-ERLがあった。コーネル大学の計画同様、ERLとしての性能を追求すれば5-6GeVのエネルギーが理想的であったため、性能重視で5GV-ERL計画がつくられた経緯があるが、建設コストが現実的でなくなり3GeVにダウングレードされた。ダウングレードされた3GeV-ERLは要素技術(大電流電子源、超伝導空洞、冷凍機技術など)ごとに先行研究開発が行われ準備が整いつつあったため、3GeV-ERLの建設開始は時間の問題と思われた。

しかし2016年にフォトンファクトリーの次期マシンがERLではなく第4世代の蓄積リングとなることが正式に決定された。ERLには蓄積リングを上回る輝度と時間分解能を決める短パルス特性、真円のナノビームプロファイル、XFELほどではないがコヒーレンス(蓄積リングより2桁向上)などの魅力的な光源性能を持つ一方で、技術開発要素が多く開発に時間とコストがかかり建設コスト及び維持コスト(電力)が大きいことが難点であった。コーネル計画の中止も同様の技術的問題があったためだと考えられる。

KEKはERL実証機として最大200MeVのc-ERLを内部予算で開発し、完成させて実証に成功するなど成果を上げていた。一方では回折限界光源(Ultimate SR, USR)の研究も進み、第3+世代光源のアップグレードや新規建設を契機に第4世代蓄積リングの性能向上も大きく、輝度については3GeVで輝度1021-1022が狙えるところまできていた。短パルス特性を除けばERLとの比較優位性で高輝度で遜色がなくなると、コストの差が大きな意味を持つ。そこでKEKはERLでなく第4世代リングを次期マシンとすることを決定・公表し、PFユーザーとSACの了解を得た。2016年4月のことであり、2012年から4年後のことである。

この間のいわば「失われた4年」は一見、無駄なようだが、ERLの研究開発を継続し第4世代LSRリングの比較検討を、行うための貴重な時間でもあった。ただしこの期間にSLiT-Jの大学連携も組織化されサイト選定に入ったため、3GeVリングの提案がふたつ存在することとなった。これらのリング計画は競合するのか、それとも両者は棲み分けられる別のスペックなのか注目が集まっている。本来なら公開討論や学会のシンポなどでオールジャパンで取り組むべき問題なのだが、そのような機会を学会が避けてきた結果、コミュニテイに混乱が生じることとなった。

 

SLiT-Jとはどのような光源か

SLiT-Jのラテイスは4-bend HMBAすなわち1セルが偏向電磁石4個で両端に5.0m直線部、中央に1.1m直線部がある。全体が14セルで周長が400mのコンパクトなリングである。

セルの構造(磁石配列)は一見するとDiamondのアップグレード版、(同じく4bendのDDBAラテイス)と似ているが、後者は中央の直線部が比較的長く(3.6m)で直線部上流下流側の収束電磁石系が簡素化されている。

このラテイスで3GeV、400mAで運転した時のエミッタンスは1.16nmrad、1-10keVの最大輝度は1021(注4)となる。挿入光源は5mが14箇所、1.1mが14箇所、で計24箇所の直線部を有する。当初計画では24本の挿入光源ビームラインが設置される。

(注4)フォトン数/s/mrad2/mm2/0.1%バンド幅

 

挿入光源として超直線部に3種のアンジュレータ、短直線部にMPWを配置したとして、アンジュレータのギャップ制御を含めて輝度をつなげてみると次の図のようになる。(ラインに多少任意性があるが)簡単にいえば、エミッタンス1nmrad、最大輝度1021が軟X線(Soft〜Tender X-ray)にある一方で、MPWにより(輝度はアンジュレータより落ちるものの)100keV程度まで伸ばした。

最近の軟X線光源では軟X線の輝度と同時にMPWやSuperbendによって硬X線領域まで広範囲なスペクトルを備える。ALSやSERIUS(計画中)ではSuperbend(注5)によりリングのエネルギーを低くした硬X線対応型光源としている。

(注5)超伝導偏向電磁石

 

KEK新3GeV光源について

KEKが計画中の3GeV光源(ここでは3GeV-KEKと呼ぶ)はどのようなものだろうか。まず同じエネルギー(3GeV)でも、Spring-8と並ぶ東日本の放射光科学の背負う規模であることが必要で、当然地域性の高いSLiT-Jより大型となる。周長は570m。第3+世代ではやや大型の部類に属するDiamondと同じで第4世代リングではMBAの先輩格であるMAXIVとほぼ同じである。

最近の傾向として周長が長くなる、つまり建設コストも増える、理由は挿入光源が主体のため直線部が多くなること、偏向電磁石に加えて、4極、6極電磁石ファミリーが複雑化して全体の磁石員数が増えて設置に場所がいることがある。もちろん偏向角を小さくすることでエミッタンスを低くできるメリットがある。ただし利用者数(ビームライン数)や建設コストの兼ね合いで最良な妥協点がある。

3GeV-KEKのラテイスは8BA、つまり1セル中に偏向電磁石が8個存在する。8個にしなくてはならない理由は、簡単にいうとMAXIVの7BAを改良したためである。MAXIVのErikssonが編み出した1個の電磁石を7個の電磁石で偏向角度を低くして程エミッタンスを実現するMBAでは、分散関数の大きい場所がなくなり、今度は電子のダイナミカルアパーチュアと呼ばれる「軌道の動力学的許容度」が極端に低下してしまう。つまり電子が回りにくくなるのである。専門的にはクロマテイシテイ補正のための6極成分の磁場が極端に高くなる。SLiT-Jと3GeV-KEKのおもな仕様を以下に示す。

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Source: 3GeV-KEK公開資料(Harada, Tsuchiya)および東北放射光施設先行ビームライン計画(案)

 

MBAとHMBA

MBAのアクロマート(無色差)とはエネルギーによる収束力の違いのない、すなわち分散関数を小さく押さえ込んだ領域のことで、挿入光源をいれるのに適している。この原理を偏向電磁石にも応用し水平方向のエミッタンスを小さくするために、偏向電磁石を分散関数の小さい、すなわちアクロマート領域に置くのがMBAである。

分散関数とは粒子の運動方程式において偏向電磁石の1次のエネルギー偏差に対する特別解をさし、偏向電磁石以外ではベータトロン関数と同じである。なおベータトロン関数(β関数)とは簡単にいえば中心から最も離れたエネルギーの高い電子の軌道のつくる軌跡で、電子はその内側で振動(ベータトロン振動)を行い、安定化する。円形加速器中の粒子の運動方程式についての詳しい説明は資料を参考にしていただきたい。

 

第4世代リングとは

MAXIVに続く第4世代リングの筆頭であるESRFII(ESRFのアップグレード)は分散関数の大きい場所を意識的につくりそこに6極電磁石をいれてクロマシテイ補正を容易にした(HMBA)。このほかに中心とある偏向電磁石の磁場に電子の進行方向に対して傾斜させて収束をよくしたり、4極成分を偏向電磁石に複合化させたり、いろいろな改良を加えたHMBAが用いられる。

ESRFIIの7BAラテイスはAPSアップグレードにも採用されるなど第4世代リングラテイスの本命と目されるが、もともとESRFのビームラインを流用する制約のため、よく考えられているものの新規に設計する上ではとらわれる必要もない。KEKの加速器設計チーム(原田氏)は8BAを採用した。7BAセルの中心に位置した偏向電磁石をふたつに分けて1個増やしたのである。これによって周長はほぼ同じでも真ん中に短直線部を設けることができるようになった。

3GeV-KEKでは20セルで長直線部18、短直線部20の38箇所の挿入光源ポートが最大可能になった。その結果、エミッタンスは138pmradとなりMAXIVの300pmrad、ESRFIIの140pmradを抜いて、低エミッタンス競争のトップに立った。電流値500mAを想定すると最大輝度はアンジュレーターを用いて1021-1022となる。もちろん最新のNSLSIIやMAXIVを抜いて世界最高輝度となる。

非常に荒っぽく挿入光源(アンジュレータ・MPW)のスペクトル分布をつなげてみると次の図のようになる。 

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Source: 3GeV-KEK公開資料(Harada, Tsuchiya)および東北放射光施設先行ビームライン計画(案)

一言でいえば3GeV-KEKはスペクトル分布は、NSLSIIのスペクトルをかさ上げしたプロファイルとなる。このことはフォトンファクトリーとNSLSがともに2.5GeVでほぼ同時期(注6)に稼働しだした代表的な第2世代リングであり、どちらも全国共同利用光源として汎用X光源となる使命があったことで理解できる。サイズ的には3GeV-KEKはDiamondとほぼ同じ大きさ(周長)で、SLiT-Jはややコンパクト、SSRFに近い規模となる。両方とも第4世代リングのライン上に乗り、両者の差は周長と磁石配列の差(4BAと8BA)によるエミッタンスの差で、3GeV-KEKはこのために先行したESRFIIを追い抜き、世界最高の低エミッタンスリングとなっている。(実際には7BAながら周長差で優位なAPSアップグレードが首位にたつことになるが、中規模の第4世代としてはどちらも優れた設計といえるだろう。)

(注6)NSLS、フォトンファクトリーはどちらも2.5GeVでほぼ同時期に建設を開始したが後者は1982年、前者は1985年に稼働した。フォトンファクトリーの当初エネルギーは2.0GeVであったがNSLSの2.5GeVに対抗して設計エネルギーを変更した。

 

米国蓄積リングとの比較

NSLSIIは一歩先に新規に建設されることとなったが、3GeV-KEKも非常に近い性格の汎用マシンということができそうである。米国では放射光施設の老朽化によりアップグレードや新規建設が進んでいる。米国の放射光と輝度スペクトルを比較した図を次に示す。

fig-3 copy

Source: APS、3GeV-KEK公開資料 (Harada, Tsuchiya)

この図からおおまかにではあるがSLiT-Jと3GeV-KEKの光源としての性格の差がみてとれる。3GeV-KEKは米国でいえばNSLSIIに近い汎用X線リングとなる。これに対してSLiT-Jは軟X線に最大強度をもちつつ硬X線領域も補強したALSに近い性格で、軟X線についてはアップグレード後に比較しても遜色のないALS型(注7)リングであることがわかる。

(注7)SLiT-Jを軟X線リングと分類するのは厳密には正しくない。軟X線とTender X-rayをアンジュレーターでカバーし、100keV付近の硬X線までをMPWで延長しているからである。棲み分け的には緊急に補強の必要な軟X線を最優先とした、という意味にとるべきで、実際には立派なX線リングである。

 

経済性を議論するためにおおざっぱに光源性能を挿入光源の最高輝度と挿入光源の数の積の総和で表現すると、SLiT-J、3GeV-KEKはそれぞれ4.5、8.4で周長比1.4よりやや大きな差がつき後者のパワーが上回る。周長が建設コストに比例するとしてこれを周長で割ればコストパフォーマンスがそれぞれ1.11、1.87となりやや3GeV-KEKが有利な結果となるがコストパフォーマンスに決定的な差はない。

 

SLiT-Jと3GeV-KEKの差はどこにあるのか

(ごくおおざっぱな表現であることを断った上で)まとめると、(建設コストが周長に比例するとして)3GeV-KEKはSLiT-Jの1.4倍多い建設費に対して光源能力は1.9倍アップということになる。光源性能とキャパシテイでみれば3GeV-KEKという選択になるが、建設・運営コストを抑えることを優先すればSLiT-Jという選択になる(注8)。しかし上で説明したように両者で光源の性格、施設の性格(地域光源と全国共同利用施設)が異なることを念頭に置くべきである。

(注8)例えば新車を購入するとしよう。パフォーマンスがほぼ2倍の車が価格が4割アップで手に入るとしたらどうだろうか。車が好きで限界性能を引き出すドライバーなら、高くつくとしても高性能車に飛びつくだろう。一方、たまに車にのるドライバーだったら、少しでも財政負担が少ない車を選ぶかもしれない。

 

フォトンファクトリーの後継機としてなら3GeV-KEKは間違いなく理想に近く、設置場所の確保や雇用に大きな問題がないメリットもある。一方で先端的な地域光源を復興のシンボルとしてつくることにも意義がある。東北の光源計画ではユーザー数が少ないと指摘されることが多いが、逆にそのことは新たな利用を育成できる「伸び代」でもある。SLiT-Jも3GeV-KEKも異なる性格のリングであるが、両方ともよく考えられた最先端加速器である。財政負担が少ないように建設時期を少しシフトするなどして、700億円で2台ともつくることも選択肢として残すべきかもしれない。この2台にSPring8アップグレードが加われば、日本の放射光科学は少なくとも今後20年は高い競争力を持ち続けることができるだろう。

なお放射光の建設コストの内訳をみると50%が加速器、18%が建物なので初年度と次年度に70%をみなくてはならない。そこで建設をおおまかに3年度に分割すれば単年度負担を1/3に圧縮できる。最近の大型施設では建設期間が短縮傾向にある。例えば重力波望遠鏡KAGRAは総予算155億円で基本的な部分は3年で完成し、時間のかかる部分をアップグレードとして3年を追加するが、運転は5年目で行う。建設期間が長引くことはなるべく避けたい。一時的に他の施設に流れるユーザーの研究環境変化を最小限にする観点からは、長くても5年が最大であろう。

3GeV-KEKはこれから1年で詳細設計を終えるということなので、実質3年で加速器と建物、1-2年で挿入光源、フロントエンド、ビームライン・インフラの5年計画が妥当と思われる。しかしビームラインを全て埋める必要はない。中国のSSRFはPhase1からPhase2に移行中である。それでもキャパシテイの半分が埋まる中国にしては慎重なビームライン整備計画であるが、これによって時代の先端技術を使い、ニーズを反映して最適化することができるメリットがある。現時点ではSLiT-Jも3GeV-KEKも想定していないようなサイエンスが現れると考えるべきで、一気にビームラインを埋める必要はない。

 

fig-4

Source: 内閣府資料

 

公共投資の推移と社会基盤としての放射光

政府の公共事業投資の推移をみると2010年度以降、新設費用は減少傾向が続いている。そのかわり更新費用と維持管理費用が増大している。高度成長時代に建設した公共事業はいずれも老朽化し、安全に関わるため優先して予算配備が行われているからである。数千人の研究者が共同利用で実験を行う放射光は科学技術分野の拠点(ハブ)であり、科学技術における「社会基盤」ともいえるかもしれない。日本の公共事業の欠点は地域の利権との関係が深すぎることで、「もんじゅ」に代表される原子力行政の失敗も結局、地域の利権で公共性が損なわれた点にある。大型予算と地方活性化は深い関連があるがその中で特殊な「村構造」や不正使用が生まれやすい。

同じ時期に施設を建設すれば同じ時期に老朽化して建設コストの政府負担(国民の負担)が厳しくなる。そこで一定期間をあけて建設を長期展望に立って進めていくことが望ましい。ここで紹介したふたつの第4世代リングもそのような観点から時間差をつけて、計画的に進めることが必要だ。いたずらに競合させ二者択一を迫るべきではないだろう。どうすればいのか議論して合意の上で資源を集中させて、フォトンファクトリーやSpring-8の建設時のようなオールジャパンの体制が必要なのではないだろうか。組織内の都合や地域の利権で歪められ近視眼的になることと国内競争で疲弊することは避けるべきである。とはいっても予算取りに際しては専門家な意見を集約するとともに公開のヒアリングの場がつくられることを望みたい。

 

この記事で多少なりとも関連研究者の関心を高めることができたなら幸いである。なお本稿をかくにあたり多くの方々からご意見をいただいた。ここに感謝の意を表したい。また図表の一部に表現上の誤差があるとしたら、お許し願いたい。

 

 

 

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コメント  

 
# 愛読者 2016年06月21日 20:41
良い記事だと思います。勉強になりました。
KEK放射光のメリットのメリットの一つが「雇用に大きな問題がない」という話ですが、これは現在のKEKのPhoton Factory施設で働いている職員に働いてもらえるということですね。
それって本当に国民の立場から考えてメリットですか?
もちろん職員の方は継続して仕事ができて嬉しいということは理解はします。
 
 
# 編集者 2016年07月04日 13:18
日本の雇用流動性は非常に低いので、常に作る側と使う側に別れてしまい村意識が高まる結果につながっているのかもしれません。質問に戻ると、新しい施設に合わせて雇用もオープンにすべきでしょう。そのためには既存の組織の中での建設では雇用制限が厳しいので、理想的には施設と雇用の独立性を実現する知恵が必要になることは間違いないと思います。

施設間で流動性があることが、スキルのある職員を必要な場所に送り込みながらも新しい雇用を「創出」して若い世代に引き継ぐのに重要なのでしょう。ただしスキルは光源とともに実際に身につくので、その機会を新しい職員に「与える」ことになります。しかし作った経験の有無は重要でなくなりつつあることも事実です。
外国では先端にいる人で直接仕事ができる若い職員ほど新しい計画に引き抜かれていくようですが、逆に引き抜かれrた施設もリクルートに熱心にならざるを得ないことが活性化に寄与していると思われます。
 
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