米国の最強兵器H-1BとEB-5

米国は移民の国と言われるが、全ての人に公平に就業機会や移住の機会が与えられるわけではない。建国当初から移民希望者でも一定のお金を所持していなければ出身国に送り返されていた。米国の移民審査は非常に厳しい。やたらと細かく条件や規則が決まっている。昔はビザによっては期間中の複数回の帰国が認められないものがあり、特別許可をもらうために大統領宛の手紙を書かされる場合もあったほどである。また観光目的でも米国大使館に出向いてビザをもらう必要があった。現在はビザが必要なくなり、ESTAという電子手続きと14ドルの支払いに代わった。

 

米国の秘密兵器H-1B

米国の著名な物理学者、ミチオ・カク二よれば米国の最強秘密兵器はH-1Bだという。H-1Bは核爆弾でもミサイルでもない。数あるビザのカテゴリの一つである。米国ビザは大別して一定期間住んで就労や学業に着く「非移民ビザ」と永住(移民)を目的とした「移民ビザ」になる。カクの言うH-1Bは前者に当たりEB-5は後者に相当する。なお2年以内の研究訪問には簡便なJ-1ビザが多く、その家族のJ-2ビザを含めてJ-1、J-2ビザの利用が多いが、米国で腰を落ち着けて就業するにはH-1Bを取得することになる。

 

米国の大学・研究所で研究チームに入ると、まず国際性の豊かさに驚かされる。不思議なもので最初は戸惑うがそのうち当たり前のようになる。最近気がつくと議論の先頭に立ちリリーダーシップをとっていた米国人グループを見る機会がめっきり減った。

1970年代後半には研究チームの中心は白人でポスドク(博士研究員)はヒスパニック系とアジア系がちらほらだった。しかし最近は研究チームの集合写真から米国であるかどうかを見極めるのは非常に困難である。2000年代に入るとリーマンショック直前まで物理系の若い大学院生は大学ではなく金融業につくことがブームとなった。かわりに研究チームを支えたのはアジア系、ヒスパニック系のポスドクとなった。

 

カクがH-1Bを秘密兵器だという理由は、H-1Bがなかったら優秀な外国人のポスドク長期雇用はできなかったからである。彼は米国の研究が海外のポスドクによって支えられている現実を危惧し、米国科学の空洞化について警鐘を鳴らす。日本について言えば次に述べるポスドク問題と関係しているし、中国の経済成長の基盤がポスドクを通じた技術流出で築かれたと言われるように米国におけるポスドクは研究を支えている。

H-1B ビザは特殊技能を持つ人に与えられるもので、ポスドクに限るものではない。H-1B ビザは渡航前に(雇用主と就職希望者の間で)取り決められた専門職に就くために渡米する場合に必要となる。条件は職務の特定分野での学士あるいはそれ以上(もしくは同等の学位)の資格であるので、博士号があれば該当する。雇用が特殊技能職としてみなされるか、また申請者がその職務に適格かは移民局が決定する。雇用主は、労働省に雇用契約の内容や条件に関する労働条件申請書を提出する必要がある。書類に慣れていない人は弁護士にお金を払って代理を頼むことになる。

 

H-1Bを獲得して晴れて希望する米国の研究チームの一員になると、各国のポスドクや研究員と肩を並べて研究生活を始めることができる。またポスドクは予算を申請して本格的に研究者として独立していくために不可欠な「通行手形」でもある。H-1B取得への茨の道を歩んだ研究者の経験は体験談を綴ったブログ等で詳しく紹介されているので、そちらを参考にしていただきたい。優秀な中国人ポスドクは若くして中国の大学に正教授として迎え入れられ、潤沢な予算を科学院からもらい自分の研究チームを持つことになる。もちろん誰もがそのような機会に恵まれるのではないが、ポスドクは就職(助手になるため)のステップでしかない日本に比べれば雲泥の差である。環境の良い米国の研究機関で成果をあげられれば、錦を飾り帰国して研究チームを持つ機会があることは素晴らしいインセンテイブになる。

 

未解決のポスドク問題

日本のポスドク問題は実態は(研究室内部にいないと)なかなか掴めないこともあってメデイアも取り上げられる機会はないが、深刻な問題である。例えば正職員1名を公募したとする。実際には公募といっても完全公募は非常に少ない。仮に完全公募であっても応募者数(すなわち競争率)は人気のある職では希望者が100名程度にもなる。ひたすら耐えて正職員の道を探すしかないが、ポスドクを経済的に支援する施策がない。

国立大の入学金が50万円、学費が100万円となる時代であるので大半の学生は奨学金に頼ることになる。大学院生が日本学生支援機構から1カ月5万円の奨学金をもらうとすると5年間で300万円の借用となり、卒業後就職しようがしまいが利息をつけて請求書が来る。金利がマイナスの時代なのに最大3%の金利で数百万円の借金を人生のスタートで背負い込まされるとしたら、どうだろうか。ポスドクでH-1Bをもらって米国に行って稼ぐことができれば良いが国内の就職に不利になるから人気はない。オーバードクターすなわち研究所や大学を転々としているポスドクの数は1万4千人とも言われる。カクが米国の研究の空洞化を危惧するのと同様に日本の将来に暗い影を落としている。

教職員など特定職に就けば20年(注1)の勤続で免除になる。しかしそれも就職できてのことである。契約職員では資格がない。科学技術立国を目指すのであれば(米国のH1-Bを見習って)特殊技能を持つポスドクを優遇する政策が必要ではないだろうか。少なくとも金利3%(注2)は法外だし、無期猶予から限定猶予まできめ細かい返済条件を設定すべきだ。

(注1)1970年代は学振が担当機関でその当時は国立研究所の研究職に20年勤続が条件であった。

(注2)3%が最大と読めるとする意見や実際に支払っている最大金利は2%という証言もあるが詳細は不明である。滞納すれば遅延損害金5%年利が発生する。支援機構の原資の60%が返済金という構造的には金融業である。

 

もう一つの米国の秘密兵器

もう一つの米国に特有の優遇措置がEB-5投資永住権プログラムである。米国では、移住権の取得には従来のグリーンカードの申請とは別にEB-5プログラムが申請できる。これは米国移民法による政府公認プログラムで、条件を満たせば永住権を取得し、アメリカ人と同様の生活、教育、基本権利を受けることができる。しかしH-B1同様に条件がある。以下の条件に該当すれば、永住権を取得することができるのである。

①100万ドル(日本円にしておよそ1億2千万円)以上を投資して過去2年以内で10名の米国人の雇用を創出した時。

②失業率が米国平均失業率の150%を超える地域に50万ドル(日本円にしておよそ6000万円)以上を投資して、過去2年以内に10名の米国人の雇用を創出した場合。

③米移民局が指定した地域センターの新しい事業あるいは経営困難にある事業に50万ドル以上の投資資金を投入、間接的に雇用を創出した時。(事業から収益を得ても良い。)

つまり失業率の高い地域で米国で10名以上を雇用し6000万円投資して事業を起こせば、永住権が得られるのである。まさにサンデル教授の言う「あなたはそれをお金で買いますか」に他ならないが現実である。このEB-5を利用して中国の富裕層は米国に移住しようとする人が跡を絶たない。

 

経済と雇用を底上げしてくれるなら移民として歓迎するということには少々抵抗を感じるかもしれないが、H-1Bで優秀な頭脳を世界中から集め、EB-5でお金を集め低賃金労働者の雇用を改善することに寄与している。少なくとも米国の科学を支えているのはH-1Bであることは間違いない。日本の成長戦略に不足しているものは技能に対する優遇措置かもしれない。少なくともポスドクが戻ってきた際に、正職員に就職するまで奨学金の返済を免除すべきなのと、年利を少なくとも住宅ローン以下に抑えるべきだ。そうでないとH-1Bで頭脳を奪われることになるだろう。

 

 

補足

全国の奨学金返済ができない延滞者は17万人に上るという。せめて返済の条件の緩和をするべきだ。少しづつ議論の輪が広がってきているが科学技術で国を起こしたところで、それを維持するための最短距離にある施策が奨学金の返済猶予である。将来を背負う若者を見捨てて移民政策を安易に考えてはならない。

 

 

 

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