燃料電池の理想と現実:水素社会の意味を考える

原理的に優れた技術を採用した製品が売れるとは限らない。技術神話は時に視野を狭め総合的な判断を誤ることもある。いろいろな事例があるがここでとりあげるのは燃料電池である。FCVの理念は政府が理想として描く「水素社会」で真価を発揮するが、現実的にはその前に天然ガスを燃料とする低コストエネルギーサーバー"Bloom Energy"と日本のエネファーム(ENE-FARM)の競争が激しくなりそうである。

 

MIRAIのインパクト

トヨタ社のFCVであるMIRAIは燃料電池スタック(FCスタック)に固体高分子型を使用し155馬力に相当する114kWの出力を得る。固体高分子型燃料電池のエネルギー効率は30%程度と高くないが、小型軽量の利点を生かしてFCV採用されたのである。ただし使われている白金触媒が高価であり劣化が問題となることが多い。

およそ3分間の水素チャージでMIRAIは650km走ることができる。ホンダが発売予定のライバル、クラリテイは750kmというから現在最も航続距離の長いテスラ社のModel S(85kWhバッテリーで528km)を大幅に超える。またEVのバッテリチャージ時間がModel Sの場合、フル充電で7時間、1時間あたり75kmであることを考慮すると「数分のガソリン給油で数100km乗り続けられる普通の車やハイブリッドに相当する至便性がある。

ただしFCVの燃料は水素であり大型の水素ステーションの設置コストが2億円でホンダの提供する小型水素ステーションの蓄える18kgでは3台のフル充電にしかならない。また水分解による水素生産速度が1.5kg/日なので3分間のチャージに3日間の水素製造時間がかかる。

 

水素社会に向けて理想を追求する日本

採算の取れる水素ガスの単価が現在の76-136円/Nm3から工業水素レベルである20-23円/Nm3となる必要性からすると、政府が考えるFCV社会(水素社会)を実現するには大規模な水素生産設備と配管インフラを構築しなくてはならない。原子炉(高温ガス炉)に隣接して水素製造設備を設置する動きがあるのも、電気分解による水素製造は電力コストと生産速度がネックとなる恐れがあるためである。

一方、日本を代表する固定式発電システム(エナジーサーバー)のエネファーム(商標でなく一般的な呼び方、英語ではENE-FARMとなる)では固体高分子型燃料電池と固体酸化物形燃料電池(SOFC)が使われている。後者は前者より動作温度が高いが効率が良く(最大63%)、より大型発電システムに使われる。水素以外に天然ガスなどを改質して用いることができる。

都市ガスを用いるエネファームは発電出力0.75-1kW、排熱出力1-1.3kW程度で、現状では平均的な家庭の電力を全て発電することはできず、その半分程度でメリットは熱源と電力を総合した場合のコストとなる。経産省のロードマップによると2020年代に家庭用のエネファームを本格的に普及させ、2030年代には工場など大規模な発電システムの普及により2040年までに待機中のCO2固定も含めゼロエミッションの水素社会を実現することとしている。

 

現実路線をとる米国

米国はシェールオイル・ガスの急激な増産によってエネルギー輸出国となり旺盛なエネルギー消費(注1)を支えるとともに、原油供給過多により世界的な原油価格の低下を引き起こした。しかし国内の100基近い原発の過半数が老朽化しているが住民の反対で最新型のウエスチングハウスAP-1000の設置が進まない。さらにシェールオイル・ガスの埋蔵とて無尽蔵ではないし掘削による環境汚染や地震のために現在の生産規模をいつまで継続できるか不透明であることから、(採算性と発電能力に限界のある)再生可能エネルギーへのシフトに未来を託すことにも消極的である。その米国版のSOFCが"Bloom Energy"(注2)である。

(注1)一人当たりの米国のエネルギー(電力)消費は各国平均の11倍、欧米は6.7倍。

(注2)NASAのスピンオフ研究者がベンチャーファンドからの資金援助で創設した会社名でもある。Bloomは開花という意味があり未来に(花が咲く)代用エネルギーを表現したと思われる。ブルーム・エアニー・ジャパンがSoft Bankと提携して電力事業を行っている。

 

Bloom Energyの起源はNASAの火星大気の酸素濃度を上げて人類が移住できる環境にするための水分解(注2)の触媒研究であった。水の電気分解の触媒研究としては光触媒、電気分解と光触媒のハイブリッド、人工光合成などがありいずれも日本の水準が高い研究分野ではあるが、エネルギー効率が光触媒で3%(東大)、ハイブリッドで1.35%(産総研)、人工光合成は0.1%(産総研)と工業化の目安である15%には届かない。

Bloom Energyの創設者はSOFCが低コストで実用的な耐久性を持つことに着目してセラミックに導電性物質をコーテイングしたスタックを組み合わせて立方体状にして、それらを組み合わせることで大出力発電装置を完成させた。Bloom Energy Serverというこの装置は200kW単位でMWクラスまで増設することができるため、無停電電源としてGoogle社を始めとしてイーベイ、ウオールマートなど大企業に採用された。

日本でもBloom Energy Serverは東工大などに導入され非常電源としてだけでなく通常のオフイスに電力を供給している。日本ではBloom Energy Serverの運用では設備費は不要で25円/Wの電気料金となる。Bloom Energyの特徴はSOFCに天然ガス(バイオガス)に特化したことである。この点で日本のエネファーム同様に天然ガスを使用する。

 

リスクを抑えるために

水素ガスを燃料としたFCVと天然ガスを燃料とするエネファームやBloom Energyでも改質で水素として燃料とする点は共通なので、水素の供給を考えれば設備コストが下げられるものの水素の大規模製造と貯蔵・供給ラインの整備には相当な時間がかかりそうだ。また一台のFCVの炎上事故や水素ステーションの火災事故は悲惨な結果となるため、事故があればシナリオ全体が頓挫するリスクを抱えている。

理想的な燃料電池サイクルとは太陽光と光触媒で水分解で製造した水素を燃料電池に使い水を戻すことであるが、それが実現するまで水素社会を本気で狙うのか、燃料として水素をFCV、もしくは大規模システムに限定しい天然ガス(バイオガス)を用いるエネファーム、Bloom Energyを普及させることを優先するのかを決めた上で現実の普及シナリオをつくるのがよいように思える。燃料電池研究開発は各国で共通の課題であるが使い方をめぐっては水素社会につなげるか天然ガス(バイオガス)でゼロエミッションを目指すのかそろそろ見通しをつけたい。ちなみに温室効果ガスのお99%はCO2(72%)、CH4(18%)、N2O(9%)であるが車の排気ガスのCO2は6%にしかならない。ゼロエミッションを本気で目指すには車以外の排出源に目を向けるべきかもしれない。

下の図(IEA)から明らかなように最大のCO2排出は発電と暖房であるので電力を使って水を電気分解して水素を得ても無意味である。光触媒による電力を使わない水素製造のエネルギー効率は3%どまりであるが、太陽光発電を電力にした水分解(太陽光水分解)のエネルギー効率は2015年に躍進し現状の最高は24.4%(東大)である(Applied Physics Express 8, 107101 (2015))。

 

fig co21

 

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