セシウムボール

2014年12月21日、NHKEテレ で、サイエンスZERO、シリーズ 原発事故(13) 「謎の放射性粒子を追え!」が放送されました。
「謎の放射性粒子」とは、放射性セシウムを含んだ微小なガラス状物質で、「セシウムボール」とよく呼ばれています。

気象研究所の足立光司さんがつくば市内の気象研究所でのエアロゾル(空気中のちり)の試料の中から見つけたとして紹介されていたものは、直径2.6マイクロメートルで、セシウム137を3.27ベクレル、セシウム134を3.31ベクレル含むものです。また、筑波大学の末木啓介さんたちが福島県浪江町で見つけたものとして紹介されていたものは、直径7マイクロメートルで、セシウム137とセシウム134をそれぞれ66ベクレル含むものです。 番組の中で、周囲の線量がどの程度のものなのかが示されていなかったので、ここで示してみたいと思います(図1)。 セシウムボール

図1.直径 2.6μm、Cs-137を3.27Bq、Cs-134を3.31Bq含むセシウムボールと、直径7μm、Cs-137とCs-134をそれぞれ66Bq含むセシウムボールの周辺のベータ線線量率。横軸はセシウムボールの中心からの距離(マイクロメートル)、縦軸は吸収線量率(グレイ/時)です。縦軸横軸とも対数目盛になっています。「Cs-137」と示された曲線は137Csから放出されたベータ線(電子)による線量率、「Cs-134」は、134Csから放出されたものによる線量率、「SUM」は2つの合計を示します。なお、1E+02は、1×10+2、つまり100をあらわし1E-02は、1×10-2、つまり0.01をあらわします。

いずれのセシウムボールについても、表面では100 グレイ/時 を超えています。ヒトが全身に短時間に10グレイ被ばくすると確実に死亡すると言われていますから、この線量率は非常に高いことがわかります。しかし、距離が離れると急速に減少します。だいたい距離の2乗分の1で減少していきますが、ベータ線(電子)の飛程がつきることによって、距離が1000μmを超えるあたりから急激に減少します。また、セシウムボールの表面に近くなると、セシウムボールの大きさの影響で距離の2乗分の1に比例する直線よりも大きくなっています。平均的な細胞の大きさは直径100マイクロメートル程度ですから、いずれにしても高線量被ばくを受ける細胞はセシウムボールのごく近くのものに限られると考えられます。

セシウムボールは不溶性ガラス状物質なので、肺の中に入って長くとどまる可能性があり、もしじっとしていたら、周辺の数個の細胞は極端な高線量のベータ線被ばくを受けるし、セシウムボールがわずかずつ動くようであれば、多くの細胞が中くらいの線量の被ばくを受けるかもしれません。このような物質による影響はわからないと思うのですが、ICRP国内メンバーは、「粒子状の場合 極めて高い線量を受ける微粒子近傍の細胞は がん化よりも細胞死の経路をたどるため 全体のリスクは低くなると考えるのが順当であろう。」と言っていると番組では紹介されていました。楽観的すぎるのではないかと思います。高線量率のベータ線被ばくについては、線量に対してその影響は比例するのではなく、加速度的に増加します。LNT仮説が明らかになり立たない領域です。

なお、私のおこなった線量計算は、ベータ線のエネルギースペクトルと水中の電子の阻止能の表のデータを用い、CSDA (continuously slowing down approximation)を使って行いました。2次電子の飛程は1次電子の飛程に比べて短いこと、CSDAで求めた飛程と実際の飛程はかなり一致していたことなどから、誤差はあまり大きくないと思いますが、疑わしいと思う人は、モンテカルロシミュレーションでもなんでもやって確かめてみてください。

サイエンスZERO 

http://www.nhk.or.jp/zero/contents/dsp489.html

気象研究所 五十嵐康人さんの発表プレゼンテーション

http://www-pub.iaea.org/iaeameetings/cn224p/Session3/Igarashi.pdf

 

コメント   

# 柏の住人 2014年12月24日 10:15
ホットスポットは特定できてもどうやって放射能が福島から飛んで来たかわかりませんでした。PMの運ばれ方 のシミュレーションの重要性がわかりました。ありがとうございます。
# Tetsuya 2015年01月07日 10:28
セシウムボールの放射光分析結果が以下にあります

http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2014/140808_3/

これは飛散したデブリなのでしょうか
そうだとすれば北欧で観測されたのと同じかも知れません
# Kawahama 2015年01月11日 14:32
セシウムボールの近傍ではそのような信じられないほどの高線量になるのでしょうか?
粒子に近づけば近づくほど、線量は2乗に反比例しないという記事がありますが、私の勘違いでしょうか?

http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/housha/details/InvSq.html
# Toshihiro 2015年01月11日 22:22
お読みいただきありがとうございます。紹介いただいたサイトについては、意味不明の点があります。しかし確 かに、現実の世界では、線量率が無限に大きくなることはありません。私の書いたグラフでは、距離をセシウム ボールの中心からの距離としています。ボールの中の線量率はグラフに書いてはいませんが、計算することはで きます。距離の2乗に反比例はしません。線量率は無限大にはなりません。セシウムボールの表面の近くで大き くなるのは、飛び交う電子による線量率の場が流れの場ではないからです。右から左に動く電子と左から右に動 く電子を重ねると、線量率は倍になりますが、流れとしてはゼロになります。流れの場では、「ガウスの法則」 的な考えが成り立ち、球体のセシウムボールであれば、電子の流れは距離の2乗に反比例します。話が物理学的 になりましたことをご容赦ください。
# Kawahama 2015年01月12日 00:50
ご返信ありがとうございます。グラフの数式が記事中に示されていなかったもので,傾き等を吟味せずに書き込んでしまったこと,大変申し訳ありません。少しこのブログ記事に違和感を感じてしまったので,書き込ませていただきました。

紹介させて頂いたサイトでは,話をわかりやすくするために一つの粒子から出される放射線を,流れの場を利用して説明していると考えています。当然,粒子がある点の右からと左から飛んできた場合,流れで考えてしまうと相殺してゼロになるが,実際の影響はそれぞれから与えられる線量を足しあわせたものになることは,(おそらくこの記事の筆者も)私も理解しております。

紹介させて頂いた記事の主張の中で最も重要ことは,体内の放射性物質は,そこから放出される放射線のエネルギーがすべて体の組織に当たるということが重要であるということです。つまり,粒子との距離が近いと計算上線量が高くなるということよりも,その全エネルギーが体の組織に吸収されることを重視すべきだということです。一つの粒子に含まれる放射能は,高々数ベクレルであり,毎秒平均数個の放射線が放出されるというレベルで,それが体組織にどの程度影響があるのかという議論をするべきなのかなと思います。
# Kawahama 2015年01月12日 00:50
話が長くなってきて申し訳ありません。私がこのブログの記事を拝読させて頂いたところから感じている違和感は,
「セシウムボールの周りは高線量である」=「セシウムボールの健康被害が非常に大きい」という論理の展開です。拝見させて頂いたところ,「セシウムボールのまわりは100グレイ/h」「全身に100グレイ/hを浴びると即死する」という事実を与えて,「セシウムボール=命にかかわる」という結論を導いている(ように感じる)記事が,物理学を深く学んでいない読者に深刻なミスリードを招く危険性があることを危惧しています。数ベクレルの大きな粒子が体に与える影響は小さいのではないでしょうか?

当然多くの粒子を吸い込んでしまった場合,深刻な健康被害が起こる可能性があります。しかし,NHKの番組で取り上げられていたとおり,そのような量のセシウムボールを取り込んだ場合,ホールボディカウンターで検出することが可能です。そして,そのような高い線量が検出された事実はないということも記事中で触れていただきたかった。そして,事故初期に放出された粒子であり,現在は放出していないと考えるのが妥当ですので,この粒子による健康被害が出る可能性が低いという見解も併記していただきたかったなと,思った次第です。

長くなって申し訳ありません。非常に興味深い記事が多いブログですので,大学の専門で物理学や化学を勉強させて頂いた身ですし,議論をさせていただきたいと思い,書き込ませていただきました。
# Toshihiro 2015年01月17日 13:33
ご意見ありがとうございます。セシウムボールによる被ばくで、高線量外部被ばくによる確定的影響のような形 で命を落とすことはないと私も思いますし、そのようなミスリードを招くことがあるとすれば、私の本意ではあ りません。ミスリードを危惧してのご意見、感謝します。また、私がこのように返答することで、少なくともこ こまで読んでいただいた読者におかれては、ミスリードの心配がないとすれば幸いです。しかしながら、セシウ ムボールが原因となって、肺癌その他の疾病を招く可能性は否定されません。また、事故初期に放出された粒子 であっても風で舞い上がり現在も飛び交っている可能性はあります。ホールボディカウンタが適切に運用されて 、肺に取り込まれたセシウムボールを的確に捉えることができる状態にあるかどうかもわかりません。市民の不 安をあおりそのことにより健康を害するようなことは避けたいとは思いますが、原子力事故の危険性を示す情報 を市民に提供して、我が国の主権者である国民が正しい判断を行えるようにすることも重要と思います。

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