原子力の経済学〜何故建設が進まないのか

東芝の7,000億円にも昇る巨額の損失は米国企業買収で進めてきた原子力事業に起因する。優良部門の切り売りをも招くことになった原子力事業のリスクは想像以上に厳しいものがある。損失を招いた事情の詳しい説明は他に譲るが、日本を支えてきた巨大企業の地盤をも揺るがせしかねない、原子炉事業のリスクとは何なのだろうか。調べていくと原子炉建設には根幹的な問題があることがわかってきた。ここではそのことを解説した記事を元に筆者の視点も加えて紹介したい。

 

ここでの議論の元になったのはL.W. Davis, Prospects for Nuclear Power, Journal of Economic Perspectives—Volume 26, Number 1—Winter 2012—Pages 49–66である。2012年の出版なので福島第一の事故後に書かれたものである。一般的には福島第一の事故以降、ドイツを筆頭に安全性と環境汚染の観点で脱原発の流れが加速したと考える人が多いが、この論文によるとそれ以前から原子炉建設が困難になる傾向があり、福島第一事故以前から「地殻変動」が起きていたことが明瞭になる。

 

著者のDavis氏の主張は原子力の問題は事故により周辺住民の安全性が脅かされることの他に、使用済み核燃料の処理の目処が立たないこと、核兵器の拡散に繋がるリスクが高いことである。しかし逆に言えばこれらの課題がもし解決できるならば、発電コストにおいての優位性は揺るぎないものである、ともしている(注1)。

(注1)これらの立場は利益相反するので、立場の違いから議論が噛み合わない、すなわち無毛の議論が果てしなく続くことが容易に理解できるだろう。つまり電気を使う立場、売る立場と原子炉近郊の住民の利益が相反するということになる。

Davis氏はさらに利益相反する人たちを包含する問題の本質に迫る。原子力利用の歴史をみれば、問題の本質が実は原子炉の建設コスト上昇にある、という。建設コストが上昇して安全性や環境保全の問題解決より現実的な事業の障害になった、としている。

このことは米国で起きている原子力事業の「不都合な真実」であるならば、これまで収束しなかった「無毛の議論」は意味を失う。

 

米国では特にシェールオイル・ガスの産出量が増えて発電コストでも原子力のメリットが薄くなったことも、建設コスト高騰に加わり原子力事業を不利な立場に追い込んだ。米国最大の原子力企業のCEOでさえ、「新規原子炉建設は天然ガス価格が2倍になりCO2排出ガス課税がトン当たり25ドル以上にならなければ、不可能」とコメンントしている。つまり現在という時間軸、米国という地域に限れば、「原子力事業は採算が取れない」ということになる。

 

また米国科学者連合はThe Future of Nuclear Power in the United Statesを出版しており、経済誌エコノミストはThe dream that failedと題された14ページの特集を組んだ。

Davis氏の論文の要旨をまとめると次のようになる。以下の図は世界の建設中の原子炉数の推移を示したもので、米国と欧州の先進国では福島事故の2011年より20年前の1990年代終わりに急激に落ち込んでいる。2010年のピークは主に中国の建設ラッシュによるもので、それすらも福島第一事故の影響で翌年には減少傾向となっている。

 

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Source: NEA

 

一方、下の図は物価の上昇を補正したkWh当たりの米国における建設コストを時間軸にプロットしたものである。1980年代中頃からの急激なコスト上昇が見て取れるが、チェルノブイリ事故以後、安全保障の観点から原子炉の設計が厳しい規則下に置かれたためと推測できる。1990年代後半の急激な建設数の落ち込みとなった。

 

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Source: Journal of Economic Perspectives—Volume 26, Number 1—Winter 2012—Pages 49–66

 

原子炉の安全保障と環境保全の問題と建設コストの問題は次元が異なるとは言え現実的に脱原発の流れを決めているのは、むしろ後者であることは否定できない。しかしコスト高騰の原因となっているのは前者である。安全保障と環境保全の問題がコスト高騰につながったことは、本質的なこれらの問題が解決されないまま応用が先行した結果なのである。(注2)

(注2)筆者の脳裏をよぎるのは世界初のジェット旅客機として華々しいデビューで世界中の注目を集めた英国のコメット機が設計のミスで事故につながり、人々のジェット旅客機への期待と信頼感を失ったことである。その後しかしジェット旅客機は忘れ去られたかと言えば、技術的問題を解決しながら(その過程で多くの犠牲者を出しながらも)進化を続け現在の大量高速輸送時代に発展した。多数の需要があれば(採算性が確保されることを前提として)解決される場合もある、ということだが採算性が取れなければ今日のジェット旅客機は存在していなかったであろう。

 

原子炉に話を戻すと根本的な技術問題の解決速度が遅すぎた、ということに尽きるだろう。原子力は50年以上の歴史があるが原子炉建設コストの予測はどの時代でも不透明で信頼できないものであった。1950-1960年代の第1世代と呼ばれる原子炉は採算性が悪かったが、その傾向は1970年代から建設が始まり今日の主力となっている第2世代でも続いている。

1980年代の原子炉でも建設コストが同じ発電能力で比較すると火力より50%も高い。そのコストのしわ寄せは電気料金に反映されることになる。次にコストお上昇率で、原子力発電所の建設コスト上昇率は年当たり24%隣火力の6%を大きく上回る。第3に第2世代原子炉では(結果的に)スケールメリットがプロジェクト目標の半分程度でしかない。これらの事実は原子力が「割に合わない」事業であることを物語っている。

 

そののことを反映して米国の受注した原子炉の半数で工事が始まっていないか計画が中止されている。1970年代後半に現在の米国原子力エネルギー研究所(Nuclear Energy Insitute)の前身である原子力産業フォーラム(Atomic Industrial Forum)は問題の本質が安全保障重視の設計基準にあるとしている。基準の標準化がなされない結果、原子炉材質、設備と労働の負担が増え建物設計が複雑になったことが建設コスト上昇につながった。

もちろん将来の原子炉を(基準を満足する範囲で)簡単な構造にすることで事業の採算性を取り戻すことも可能かもしれない。しかしここまでの歴史を見ればそれは実現されていない。

 

A Critical Examination of Nuclear Power's Costという報告書の中で、2006年にテキサス南部の52億ドルのプロジェクトの一環で2基の原子炉建設を申請した企業は2億ドルの設計開発費が認めらたが、見直しで100億ドルに膨れ上がった。その数週間後に経費は130億ドル、最終的には182億ドルにまで上昇した。同様なコスト高騰はフランスやフィンランドの欧州型原子炉(EPR)建設にも当てはまる(注3)。

(注3)フランス、フインランド、英国でのEPR建設は遅れに遅れて建設完了の目処が立たない一方で、中国に建設されたEPRはすでに稼働しい世界最大の原発となっている。初期型に比べて普及型の有利さと雇用費の優位性はあるかもしれないが、その差がここまで歴然としていることは謎である。

 

現在開発が進んでいる小型モジュール型原子炉は期待が持てるかもしれないが、ここまでの経緯で原子力に対する期待度が下がり国民が疑いを持ち始めた。使用済み核燃料の恒久的処理方式は未だに確定していないことも背景にある。

したがって新規原子炉が建設が順調に行くとは考えられないが、それでも現存する原子炉はこれから20-30年は稼働するだろうし、慢性的なエネルギー不足に悩まされている新興国においては、やむを得ない選択肢となるかもしれない。しかし少なくとも天然ガス価格が安い米国では新規原子炉の建設は軌道に乗らないと考えられる。

 

かつてのコメット機事故のように問題を解決して発展できる技術なのか、核融合を含む新エネルギーに転換するときを迎えているのか、立場によりまた相反する利益で意見は異なるかもしれないが、採算性という「見えざる手」が決定的な要因であるならば、相当難しい問題解決が要求されていることは確かである。

 

参考

アジア地域の原子力事業の将来性について

A Critical Evaluation of Nuclear Power and Reneewable Electricity in Asia

原子力の将来性に関するMIT報告書

The Future of Nuclear Power Overview and Conclusions

科学者有志連合の報告書

Nuclear Power: A Resurgence We Can't Afford

原子炉建設コストに関する論文

Historical construction costs of global nuclear power reactors

 

 

 

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