ムーアの法則が限界に達する2016年

経済、社会、地球環境、科学技術の広範囲にわたって、人類は2016年に様々な事象を経験することになるといわれる。それらは突然起こるように見えても徐々に進行していたのであって、多くの人はそれに気がつかないでいただけのことである。

 

ムーアの法則とは

その一つが1960年代から半導体産業、ひいては情報産業の原動力となってきた共通ルールであるムーアの法則が破綻することである。実はこの法則の生みの親であるゴードン・ムーア自身がかつて"No exponentiall law is forever"と言っていた。すなわち物質の世界は有限であり極限を追求してもどこかに限界が現れるから微細化の法則が崩壊しても不思議ではない。

もともとムーアの法則とは「マイクロプロセッサーに集積されたトランジスター数が2年ごとに2倍になる」(注1)とした。トランジスター数はチップの性能に比例するから、このことはチップの能力が2年ごとに倍増することを意味する。

(注1)アイフォーンを始めスマホ端末がフルモデルチェンジを2年ごとに行い携帯キャリア各社が世界中で展開する「2年縛り」契約も2年ごとに電子機器のスペックが大きく変化することに対応していると考えると理解できる。

 

マイクロチップ躍進の時代

1970年代のホームコンピュータはやがて能力を高め1980-1990年代には高性能化が進んだ。一方この間にインターネットが普及し人類の情報交換能力は「情報の爆発」と呼ばれるように爆発的に増大して今日に至っている。チップ製造メーカーは忠実にムーアの法則に従って生産計画を立て実行してきた。もちろんチップに乗るソフトウエアやプログラムのユーザーの要求が2年ごとのチップ高性能化を望んだこと(需要)があった。

1990年代から半導体メーカーは2年ごとにロードマップを改定しそれに従ってチップ製造が行われてきた。実はこのロードマップがムーアの法則に忠実に従うものでメーカーはそれに見合う設備投資を行ってきたため、結果としての製品性能がムーアの法則に従うようになったのである。つまりムーアの法則に従うことを決めて一種の「生産調整」(注2)が行われたということになる。

(注2)More Moorと呼ばれる。More Moorはユーザーの需要予測によって必要と判断されれば競合メーカーも一種のカルテルとして協調した。ロードマップは「合法的談合」とも取れるが、パワーユーザーに引っ張られる一般ユーザーの強い支持があった。

 

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Source: Economist

 

More than Moor

しかし高密度でトランンジスタ数を倍増させていくと発熱の問題が壁となった。さらに深刻な技術的問題が10年もすると浮かび上がってきた。微細化を進めた結果、現在の回路は14nmしか離れていないほどに高密度となったが、2020年代になればムーアの法則から2-3nmとなり、量子力学的な理由(不確定性)でトランジスタの信頼性が極端に落ちるからである。

ポストシリコンデバイスを見込んで多くの物質系が検討され基礎研究も行われているが、シリコンの代替え材料はない。そのため次のロードマップ作成にあたりMore MoorではなくMore than Moorとならざるを得ない。そこで考え方を変えてデバイス先導でなくアプリケーション先導、すなわちソフトウエアが果たすべき仕事量から逆に必要なデバイスのスペックを導いて最適な設計とチップ作りを目指す。具体的にはチップの高密度化ではなくセンサーデバイスやパワー管理機能、携帯機器専用デバイスへの転換となる。

半導体メーカーの中には新しいロードマップへの不参加も考慮しているが、メーカーはそれでもムーアの法則から脱却してもデバイスの需要が消えるわけではないとしている。ちょうど最高速度を追求してきたジェット旅客機がボーイング787のように最高速度でなく環境性能を追求することになったのと似ている。電子技術のイノベーションはより複雑で微妙な形となり継続していく。

1965年に当時フェアチャイルド半導体に勤めていたムーアはホームコンピュータやデジタル腕時計、電子制御自動車、携帯端末への応用を考えていた。その能力を決めているのはトランジスターの数であり、会社の技術で実現できる密度には限界があった。これまでの技術の進歩を考慮して改良し続ければ1年ごとにトランジスタ数を倍にすることができると考えたのがきっかけとなった。

ムーアはその後インテル共同創始者となる。1975年に以前作成したロードマップを2年ごとに倍増するとした。

 

変わりゆくユーザーの嗜好

ムーアの考えた性能のチップは1970-1980年代に実現しそれを実装したPCがHP、Apple、IBMから発売されて世界中に広まったが、間もなくより小型で携帯できる電子機器への需要が高まった。しかし機器の小型化はコストが高くなる。スケーリング則はチップを作成するための露光技術の見直しを必要としたが、需要は対応するため(つまり量産)、生産を2種のデバイスに絞り込む。プロセッサとメモリである。

この二つの素子を大量生産することしか電子機器量産にはなかったのである。大量生産によってメーカーは利益を上げマイクロプロセッサの性能を上げるために必要な設備投資(ファブ)の資金を手にした。大量生産でコモデテイ化すると価格が下がり利益を得るにはさらに大量生産する。この繰り返しで膨大なチップが溢れる結果につながった。

しかし間もなくチップの生産プロセスは複雑化し(注3)生産設備の高騰によりムーアの法則の持続が困難になった。多数のプロセスではその一つ一つがボトルネックとなり生産全体を停めるリスクが高くなり、バックアップを含めて生産コストが高まる。1991年に米国の半導体メーカー各社が参加して作成してインテルも従ったロードマップは1998年に欧州、日本、台湾、」韓国が参加するInternational Technology Roadma for Semiconductorsとなった。

(注3)典型的なメモリチップのプロセス数は100ステップ以上となり、全プロセスで1カ月を超える。

 

忍び寄る技術的限界

2000年代初期に微細化スケールが90nmを下回ると発熱効果が顕著になりそれまでの量微細化のメリットが失われ始める。そこでメーカーはクロック周波数の増大に歯止めをかけた。そのためクロック周波数は2004年で頭打ちとなった。

プロセッサ性能向上をクロック周波数で望めなくなるとコアと呼ばれるプオセッサの数を増やす戦略に出たため、現在のプロセッサは4個あるいは8個のmアルチコアが普通である。しかしマルチコア戦略もアルゴリズムが並列計算に限界があり、8コア以上に拡張できない。

マルチコア戦略はしかしムーアの法則でトランジスタ数を増大させることには貢献した。しかし2020年にはいよいよ量子力学の壁が立ちはだかる。電子の持つ不確定性原理である。一気に量子計算機への期待も高まるが量子計算機ができたとしても利用範囲は限定され日常生活のデバイスには向かない。

現実的なデジタルプロセッシングの打開策としてミリボルトスイッチがある。シリコン同様の速度で動作するが発熱が小さい材料でプロセッサを作ることである。物質の候補としてはグラフェンからスピントロニクスまで様々だがそれぞれ研究を積み重ねる必要がある。現在までミリボルトスイッチに成功した研究例はない。シリコンにしがみつくなら3Dデバイスも検討に値するが、現在可能なのはメモリチップのみ。3DメモリはSamsungから市販されており、東芝は新たに3Dフラッシュメモリの設備投資を行い量産する方針でいる(注4)。

(注4)日本国内では半導体微細加工といえばメモリデバイスと考える人が多いが、それは現在のメモリで最も需要の多いNAND型フラッFフメモリ市場のシェアが2014年度前四半期は、Samsung30、東芝29.7%、東芝と提携するSandisk(2016年度にえっlコンピュータと合併)19.7%(DRAMeXchange, Nov. 2014から)とアジア勢がほとんどでコモデテイ化している。メモリでは物質固有のトンネル電流によって微細化が強く影響する。そのためメーカーは細かい技術開発を積み上げてはムーアの法則を維持することに努めてきたが、いよいよ限界が近づいた。シリコンの限界に達すれば微細化を進めることはできない。そこで3Dメモリで密度を高め、見かけ上ムーアの法則が維持されたように見せるため、メーカーは必至である。Samsungはその中でも簡易的な3Dメモリの市販化にこぎつけたが、東芝はより発展性のある3Dメモリの作成技術を完成させることを優先させている。新たに5,000億円の設備を行いファブを建設する予定でいる。

 

現実にはプロセッサを3D化することは難しい。発熱の問題があるからだ。根本的な解決策は現在発熱の50%がメモリチップとプロセッサの間の情報交換で発生するので、プロセッサとメモリを基盤に一体化すること。カーボンナノチューブを使った実験室レベルのそうした素子も研究されている。研究グループはこの手法によって発熱量を3桁低減することができるとしている。

 

変わりつつあるプロセッサの要求

25年前にはPCといえばデスクトップかノート型であった。またスパコンもデータセンターも実際にはそうした汎用機器のプロセッサを利用している。計算能力はプロセッサの数が決めていた。しかし現在は携帯端末とタブレットが主流で電子機器といえばスマートウオッチやウエアラブル端末が主役である。これらの機器ではムーアの法則は重要ではない。計算やバックアップはクラウドサーバーの仕事に置き換わったからである。

今やGoogleやAmazonが購入するサーバーの高性能プロセッサをインテルが供給するだけで、一般のユーザーが個人で高性能プロセッサを持つ必要がない。携帯端末の能力に要求されるのはバッテリーが長持ちする低消費電力であり情報交換能力(Wi-Fi, Bluetooth, GPS)である。またタッチセンサー、加速度センサー、近接センサー、磁場センサーなどの各種センサー入力機能も重要である。

チップメーカーにとってムーアの法則が成り立てば集約した生産が可能だったが携帯端末に要求される性能を実現するためには個々の場合によって異なる設備投資を行わなければならないので利益率が低い。典型的な例がパワー管理回路である。個々の機能に対応して個別のパワー管理を行わなければならない。

ムーアの法則の終焉は技術的なインパクトにとどまらずチップメーカーの経済、ひいては世界経済に影響を及ぼすことになる。これまで微細化スケールが1/2になるごとに露光設備を入れ替えてきたが、次世代のファブは数千億円規模値なるため個別にメーカーがタイ禹王できる範囲を超えた。微細化の利益がなくなればムーアの法則に従う理由がなくなる。

関係者の共通した理解は「技術(物理)が底をつく前に資金がなくなる」というもの。今後発展するIoTでは膨大な機器への接続と情報管理が必要になるため、テラヘルツ帯の利用が期待されているものの汎用のプロセッサ開発とは別の分野である。またセキュリテイも将来性が高い分野であるがこれも汎用プロセッサの能力とは直接関連しそうにない。

結局、技術的な意味のムーアの法則が終焉を迎えてもユーザーの期待、2年ごとに機能が倍増する意味は継続するだろう。従って2年ごとに新機種が販売され2年間は契約解除に罰金が発生する「2年縛り」も続くと見られる。

以上はM.Mitchell Waldrop, More than Moore, Nature 530 145 (2016)をもとに筆者の文章を追加した。

 

 

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